昔イメージしていたより、仕事は全然ラクにならない。
会議。
資料。
売上分析。
部下との打ち合わせ。
次から次へと仕事がやってくる。
週末も、少し仕事をしている。
「もう少し上手に人に任せればいいのに」
自分でもそう思う。
仕事のやり方が、あまり上手ではないのかもしれない。
それでも、
できれば妥協はしたくない。
そんな自分が、少し嫌になる時もある。
そんな私の仕事のやり方を、
大きく変え始めたのがAIだった。
仕事ではClaude、私生活ではChatGPT
去年からChatGPTを使い始めた。
最初は、
相談相手として使うことが多かった。
資格試験の勉強。
人生相談。
ブログへの挑戦の伴走。
そして今年、
会社でも生成AIが使えるようになった。
仕事ではClaude。
私生活ではChatGPT。
そんな使い分けをすることが増えた。
これは、かなり衝撃だった。
30年前、
会社に一人一台パソコンが入った時のような感覚に近い。
「仕事のやり方そのものが変わるかもしれない」
そう思った。
ルーチン作業が、体感で半分になった
今、仕事ではAIをかなり使っている。
売上データの分析。
議事録作成。
会議資料の壁打ち。
文章の校正。
特に、毎回似たようなルーチン作業は、
体感で半分くらいの時間になった。
これはかなり大きい。
会議資料を作る時も、
過去の議事録や資料をAIに読ませておく。
すると、
「これまで何をやってきたか」
「次に何をやるべきか」
を、事実ベースで整理しやすくなる。
以前なら、
過去資料を自分で探して、
読み返して、
まとめ直していた。
今は、その最初の整理をAIに手伝ってもらえる。
何でも丸投げするのではなく、
最初の整理や、たたき台づくりを任せる。
そんな使い方が多い。
仕事が「減った」というより、
同じ時間でできることが増えた。
今は、そんな感覚に近い。
もはや、
AIなしでは仕事ができない。
それくらい使っている。
でも、AIっぽさはすぐバレる
もちろん、
いいことばかりではない。
AIが作った文章や資料は、
整いすぎていることがある。
言い回しが似ていたり、
妙に説明が丁寧だったりする。
「あ、これAIで作ったな」
と分かる時もある。
ここは、ちょっと残念😅
だから、
AIが作ったものをそのまま出すことは、ほとんどない。
最後は、
自分の言葉に直す。
不要なところを削る。
順番を入れ替える。
自分の考えを足す。
AIを使うほど、
最後の仕上げには、自分らしさが必要になる。
そんなことも感じている。
AIに任せたからといって、考えなくていいわけではない
AIを使っていて、
少し面白いこともある。
自分で一から作った資料を否定されると、
正直、ちょっとへこむ。
でも、
「AIと一緒に作った資料です」
と思うと、
少しだけ気持ちに逃げ道ができる😆
とはいえ、
これは諸刃の剣だ。
間違いがあると、
「AIに任せただけじゃないの?」
「そのまま鵜呑みにしたの?」
と思われることもある。
だから、
AIに任せるほど、
最後は自分で確認しないといけない。
事実は合っているか。
数字はおかしくないか。
自分の意図とズレていないか。
最後に判断するのは、自分だ。
AIは、
自分の代わりに考えてくれる道具ではない。
自分の考えを整理し、深めるための道具。
今は、そんなふうに思っている。
54歳からでも、仕事のやり方は変えられる
54歳。
仕事はまだまだ忙しい。
たぶん、
これからも急にラクにはならない。
でも、
AIを使うことで、
同じ時間でもできることは増えた。
少しだけ余裕もできた。
そして、
「この年齢からでも、仕事のやり方は変えられる」
と思えるようになった。
昔にはなかった道具が、
今はある。
それなら、
使わない手はない。
もし50代になって、
「今さら新しいものを覚えてもなあ」
と思っているなら、
まず一つ、
仕事で使ってみてもいいと思う。
文章の校正でもいい。
会議の要約でもいい。
資料のたたき台でもいい。
使ってみると、
意外と仕事の景色が変わるかもしれない。
54歳。
まだまだ、仕事のやり方は変えられる。



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